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Midori Art Center (MAC) @ ホテル山上について

MACは2007年に山口市前町に立地するあるシェアハウスからスタートしました。当時山口市内の某メディアアートセンターに勤務していた山城大督と某アーティスト・イン・レジデンスに勤務していた服部浩之が「せっかく家賃の安い山口で生活するなら広くて面白い家に住みたい!」という欲望のもと発見した一軒家を借りたことがきっかけです。偶然その物件を一緒に見ていた某メディアアートセンターのスタッフの小嶋ちかが便乗するかたちで、3人での生活がしばらく続けられました。当時は名前などなく単純に3人がシェアする家でした。ただ住人である僕らの友人にたまたまアーティストや何かしらクリエイティブな活動に関わっている人が多かったため、アートに関わる多くの人が頻繁に集まる場所と必然的になりました。また、この家自体が通りに面しており、前には夏には蛍がやってくるような小さな小川(水路)が流れていたことで、近所の子供達が川で遊ぶついでに自然と家の縁側あたりまで入ってきたりという、立地条件からも非常にオープンなセミパブリックな場でした。ここでは、アーティストも地元の人も近所の子供もフラットな関係になるのが非常に魅力的でした。
そんなあるとき水戸在住のアーティスト中崎透が遊びにきて1週間くらいこの家でダラダラしていたある日に、勝手にMaemachi Art Centerという看板をつくって玄関に勝手に設置して、「今日からMACね」って言い出したのが、現在MACと呼ばれる直接の原因です。中崎透が「家にマッキントッシュのコンピュータがいっぱい転がってて、場所は前町で、アートに関わる人の家なんだからマエマチアートセンター、略してマック。ださくていいでしょ。」と勝手に決めつけた名前でした。僕らは最初はマックなんて呼んでなかったのですが、ちょっとださかったのがよかったのか予想外のスピードでマックという呼び名が浸透していき、気付いたらみんながマックと呼ぶようになっていました。そしていつの間にか、遊びの延長線上でアートプロジェクトみたいなことやったり、様々なパーティを繰り返したりと、ある種の公共性を持つ場へと変貌していきました。同時に、ただ夕食を食べにくるだけの友人とかもいたりして、なんとなく「みんなの家」状態になったわけです。
2008年には小嶋が転職を機に山口を離れ、その一年後の2009年には山城がアーティストとして生きていくことを決断し山口を離れ、それと同時に某メディアアートセンターの会田大也が入居し、MACは新しい段階へと突入しました。会田が単身赴任ではあるけれど山口で子育てをしていた関係で、近所の同世代のお母さんたちとの関係が強くなり、近所の寄り合い所的な様相が一気に加速しました。ちびっ子達が朝僕らを起こしにきたり、一緒に川で遊んだりが日課的みたいなものでした。実際会田主催の子供のための工作教室が開催されたりと、MACのオルタナティブな教育の場としての性格が会強くなっていきました。同時に川向の一見やくざみたいな強面のやさしいおっちゃんとは一緒に酒を酌み交わしたりと近隣とは非常によい関係が続いていきました。
そうして日々が過ぎていくなかで服部の心境に変化があり、山口を去る決断をし、青森へと移動することになりました。山口で3年半生活したことにより中国・四国・九州に様々なネットワークができ地方生活の面白さを知ってしまい、それによりそれまで自分にとって全く未知の地であった東北で暮らすこチャンスができたことに大きな魅力を感じて青森の仕事のオファーを受けて移動してきたわけです。レジデンスの仕事をしていた関係で色んな場所での生活を体験できるアーティストをうらやましく思ったりもして、自分ももう少し長いスパンで生活の拠点を色々変えていけたら楽しいだろうなと感じていました。また、同時に自分の職場である公共機関では実現できないことが小さなスペースでは色々できるという実感を既に得ていたことと、知らない土地に馴染むには自分からなにかアクションを起こした方が手っ取り早いと経験で直感したために、青森でも面白い場所をみつけて個人的なスペースをつくろうと既に決めていました。どちらかというと、仕事とかにはそんなに期待していなくて(東北で生活する為の理由くらいに思っていたかも)面白い場は自分でつくらなければならない思いが当時は非常に強かったのだと思います。
そしてMのつく場所に住んだらM○○アートセンター略してMACにできるなとか、MACが増殖したら面白いなと思っているうちに、偶然自分の家が緑(Midori)という住所の場所だったことと、すでにアーティスト・イン・レジデンス的なことが行われていた旅館の離れにスペースを構えることができることになり、スペース名は迷わすMidori Art Centerとなりました。それが現在の青森MACです。オープンは2009年の12月。青森に引っ越したのが2009年の9月なので引っ越し3ヶ月でスペースをオープンできたわけですね。これは、場所を提供してくれて(あ、家賃は払ってますよ)、家がなかった僕を1ヶ月ほどホームステイ的に受け入れてくれた青森のアートホテルとして鎮座するホテル山上のみなさんのおかげです。
(この続きはそのうちアップします)

MACって何なのというのを色んな方に聞いてみました。
詳細はこちらのリンクファイルをご参照ください。>> MACって?(PDF/4.3MB)


↑外観(狩野哲郎展『Naturplan』2009年12月〜2010年1月)


↑中崎透によるMAC看板