狩野哲郎滞在制作「自然の設計 / Naturplan、中空の山登り」

青森MACのオープニング記念プロジェクトです。

【プログラム概要】
招聘アーティスト:狩野哲郎(かのう・てつろう)
展覧会名:「自然の設計 / Naturplan、中空の山登り」
滞在期間:2009年12月3日-12月29日
展覧会:2009年12月13日-1月31日
アーティストウェブサイト:http://www.tkano.com/
アーティストによる滞在制作日記>> http://aomorimac.exblog.jp/i3/
展覧会の様子はこちら>> artscape blog 2

DMのダウンロード >> Naturplan DM(PDF/1.7MB)
展覧会配布資料のダウンロード >> Naturplan ハンドアウト(PDF/1.2MB)

【プロフィール】
狩野哲郎(かのう・てつろう)
美術作家。1980年宮城県仙台市生まれ。いろいろなところ育ち。東京造形大学造形学部デザイン学科(環境デザイン/都市環境コース)卒業後、2007年3月同大学院造形研究科(美術研究領域修士課程/絵画コース)修士課程修了。2011年狩猟免許(網・わな免許)取得。レジデンスや滞在制作型のプロジェクトを中心に制作に取り組む。

自然物と既製品を組み合わせたインスタレーション、ドローイング、写真などを使ったサイトスペシフィックな作品を多く制作。 近年の作品に、鳥と植物を内包したインスタレーション作品であり、温室であり、なおかつ鳥小屋である空間を設計する「自然の設計/Naturplan」、みずから拾得や購入したさまざまな植物の種子を展示空間に蒔き、成長を見守るインスタレーション作品「発芽―雑草/Weeds」、ガラス面や壁面にマスキングテープやシールなどの素材を用いて壁面の条件に反応しながら制作するドローイングシリーズ「Neotopia」。 通過した路傍の雰囲気の収集を試みる写真シリーズ「Studying about something」。 無名だけれどすてきな雰囲気をもう一度思 い出すための方法、あるいはその瞬間を目にするための方法を探す。何について気になるのかがそのときに分からなくとも大切なこととして扱い覚えておくこと は無価値ではないと考える。合理的な方法では考えつづける事が困難となっているものごとのすてきさを再認識あるいは再現しようと「何かについてのスタディ」をつづける。

■主な個展
2011
「自然の設計/Naturplan」(ブルームバーグ・パヴィリオン・プロジェクト#1 狩野哲郎展 )東京都現代美術館 パブリック・プラザ、東京
「無名の鳥/Anonymous birds」(ブルームバーグ・パヴィリオン・プロジェクト#1 狩野哲郎展 )MOTショップ横wall gallery、東京
「無名の鳥/Anonymous birds」onobeka、札幌
「あたらしい回廊/Anonymous corridors」waitingroom、東京
2010
「魔術的な小道/Magical paths」project room sasao、秋田
「自然の設計/Naturplan 鳥がいる庭 庭にいる鳥」実験スペースムーンハウス(ヨコハマアパートメント1F)、横浜
2009
「自然の設計/Naturplan 中空の山登り」Midori Art Center (MAC)、青森
「Moving/Atmospheres」喫茶試聴室、東京
2008
「Garden _prayer」黄金町ヤグチレジデンス / 大平荘ギャラリー、横浜
2006
「発芽―雑草」nico project viewing room、東京
「TAPサテライトギャラリーVol.9 狩野哲郎+澤登恭子」TAPサテライトギャラリー、取手
2005
「発芽―雑草」YOSHIDATE HOUSE+北仲WHITE、横浜

【展覧会の様子】

近所のオルタナティブスペース「空間実験室」もサテライト会場としてお借りしました。 / the neighborhood alternative space “space lab” was the satellite exhibition site.

【ハンドアウト用テキスト】

■狩野哲郎が青森にやってきてMidori Art Center (MAC) @ホテル山上がスタートすることについて

2週間くらい前に横浜で狩野哲郎の最新作を見た。黄金町の高架下にある洒落たスタジオでの展覧会だ。相変わらずホワイトキューブではない特色のある場所を、よく観察し租借して読み込んだ素敵な空間になっていた。そういえば、山口でも情緒ある日本家屋に対してとても軽快に彼の世界を貫入させていた。
彼は性格の強い場所に対してとても敏感に反応し、そこに自分の庭を非常に巧みに生成するのだ。
そんなことを考えつつ、だったら逆に今回は極めて平凡な場所に彼がどんな化学反応を与えるか見てみたいと思い、単なる白い壁と屋根で囲まれた場所を用意してみようと思いたった。そして平凡とはいえ、微妙な色彩のフロア、青いタイル貼りの段差のある奥、いびつに浮遊する棚などがある無性格ではない小さな空間をつくった。
この平凡な場所と狩野がどんな対話をし、どんな風景を生成していくのだろう?
そんな経緯でMACプロジェクトスペースはスタートした。

■狩野哲郎の目線の高さがえらく変化しているという事実、あるいはもしもチャボの目でこの空間を体験したら世界はどのようにみえるのだろうかという疑問

彼のこれまでの作品を振り返ると、植物を芽吹かせたり、チャボを登場させたりと、いつも非常に低い位置にその視線が向けられており、その地面との距離感は通常の僕らの視線の高さとは明らかに異なっていることに気付く。
彼は山口でも横浜でも、チャボと植物と、ホームセンターなどで入手できる素材を用いてインスタレーションを構成してきた。今回も登用された素材はほとんど山口から横浜を経由して青森に届いたもので、見慣れた素材ばかりであり、目新しいものはほとんどない。もちろん、青森でみつけたものも多数あるが、空間構成に対するものの扱いはほとんど変わっていない。
ただ今回圧倒的に変化したのは、その視線の幅が一気に増幅されたことだ。もっと言うと、インスタレーション全体を眺めたときに、中心となる(あるいはもっとも注目されるポイントの)視線のレベルが上昇したことだ。つまり、中空に浮遊する円盤に盛られた雑穀のえさの山、天井から吊られた種や殻など、これまで主に地面に直接配置されていたものたちの多くが中空に(それもちょっとこれまでより高い位置に)浮かんでいるのだ。人間の目線で見るとわりと自然な高さに引き戻されたように見えるが、これをチャボの視線の高さに置き換えてみると、格段に上空へと世界が拡張されている。
実はここには人間の通常のスケール感では見えてこない、もっと小さな存在にとってのちょっとした冒険の空間がある。放たれたチャボの目線になって回遊してみると、そこには家からのびるスロープ、色彩豊かな結界、巨大な階段、テーブルのうえのまち、そして中空に浮かぶガラス器上に芽吹いた食事などが見えてくる。これまで彼はものの価値や見方をちょっとだけずらして活用し空間を形成したきたのだが、今回は加えて目線をずらし、それに呼応してものの扱いも、もう一段階ずらしてみせた。
狩野自身はチャボを投入したことについて、「作品に対して予期出来ない行動を仕掛けてくる極めて客観的な他者という存在を介入させてみた」と言いつつ、その一方で、その他者としてのチャボの目線で眺めることができる世界を構築しているという不思議な両義性を持たせていることが非常に面白い。矛盾というわけではないけれど、明解に一面には回収できない複数性が存在している。

それにしても、チャボが中空に浮かぶ食事の山をついばむことはあるのだろうか。あるいはまったく無関心で彷徨い続けるだけなのだろうか?
とりあえずは、ゆっくりと作品の変化を見守っていきたいと思う。

Midori Art Center (MAC)主宰 服部浩之

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